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ブログリレー(3) 宮道和成

ブログ2024-04-04

技術とアイデアとをめぐる断想 

理研BDR・比較コネクトミクス研究チーム・宮道和成

Progress in science depends on new techniques, new discoveries, and new ideas, probably in that order. Sydney Brenner

 線虫の分子遺伝学を作ったBrenner博士のこの有名な一節は、新しい技術が新しいアイデアよりもおそらく大事だと言っています。しかし、私の関わる神経科学分野に関して過去15年ほどの趨勢を見ると、オプトジェネティクス、ウイルストレーシング、ミニチュア顕微鏡、超多点電極、一細胞核・空間トランスクリプトームなど多彩な新技術が続々と登場して研究を牽引していく一方、無思慮な大規模データの蒐集とサイエンスとの境目が極めて曖昧になる状況が生じています。データ駆動のこの時代には、新しい技術そのものよりもそれをどう使うかという新しいアイデアの方がもしかすると重要なのかも知れません。

 私は嗅覚系を研究する分子遺伝学者として教育されました。米スタンフォード大で研究員をしていた時代にウイルスベクターを用いたトランスシナプス標識をin vivoの研究に実装して高解像度の神経解剖学を進めました。2018年に理研BDRに着任したのを機に、視床下部の構造とライフステージに関連した可塑性をメインテーマとして、マウスの社会性行動、養育行動、授乳、代謝、発熱などのキーワードで研究しております。また、視床下部の指令を臓器に伝える経路として交感神経の研究にも着手しております。 

 私は時に新しいツール開発を行うこともありますが、基本的に、ある分野で発展した技術をひょいとお隣の領域に移してみることでツールの新しい使い方や生物学の展開を生み出すのが好みです。このジャンプは大きすぎればずっこけるし小さすぎれば詰まらない。どこに、どう飛ぶか? これがアイデアの出番だと思います。今もっとも力を入れている研究の一つは、staticな回路の描写に十年来使ってきた狂犬病ウイルス・トランスシナプス標識法という神経回路の可視化法を、妊娠による神経回路の動的な変化の研究に使ってみたものです。マウスの妊娠期の脳内に起きる回路変化のダイナミクスには目を見張るものがあります。あるいは、ウイルス遺伝子工学の手法群を脊髄における交感神経に適用してみた研究も盛り上がっています。海馬や新皮質では10年以上前から当然に使われてるツールですが、脊髄に打ち込んで臓器を制御してみようと思った人は意外にも居なかったようなのです。やってみると割と簡単にできることなのに、なぜか誰もやってない——生物学の良いところは、激戦のred oceanのすぐ傍に手つかずの青い砂浜が広がっているところだと思います。

 さて、この学術変革領域Aでは、これまでマウスにおいて培ってきた一細胞トランスクリプトミクス、ウイルスベクターを用いた神経回路の可視化や操作技術を冬眠モデル動物であるハムスターに適用しようとしています。私のgut feelingではこのジャンプはちょっと大きすぎるかも知れないが、少なくとも陳腐ではないと思います。この挑戦がオミクスを含む“流行りのツール”の意外な新しい使い方の一例となるように願っています。

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