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ブログリレー (1) 山口良文

ブログ2024-03-18

冬眠生物学について

北海道大学・低温科学研究所・冬眠代謝生理発達分野・山口良文

「冬眠生物学2.0」の領域内交流と領域外へのアウトリーチの一助となれば、ということで、領域メンバーの自己紹介をかねたブログリレーです。第一弾、北海道大学・低温科学研究所(通称:北大低温研)の山口良文です。本領域での研究では、シリアンハムスターの冬眠がどのように達成されているのか、その根幹に関わる遺伝子・分子を明らかにすることを目指します。

 本領域が掲げる「冬眠生物学」というのは、まだ一般に膾炙していないある種の造語です。英語でこれに該当する用語もまだ普及していないようで、本領域ではシンプルに、Hibernation biologyと標榜しています。この名称の経緯について、私なりの見解を以下に記します。


 わたし自身は大学院時代は発生生物学のなかでも、分子発生学の研究で学位を取得しました。分子発生学というのは以下のような流れで生じた造語だと思っています。ひとつの受精卵から多種多様な細胞や複雑なかたちが生じてくる「発生」という現象の仕組みを理解しようというのが、「発生生物学」と呼ばれる分野です。古典的には、シュペーマンオーガナイザーや、眼のレンズの形成における誘導などの現象を明らかにした、組織移植などの胚操作が発生生物学の進展には大きな役割を果たしました。そうした胚操作が主流だった発生生物学分野においても、20世紀後半に発展した分子生物学技術を遺伝学と組み合わせることで、発生異常を示す変異体の原因遺伝子の同定や遺伝子が実際に発現し機能する部位の可視化などが可能となり、発生現象に関わる「分子」の機能を明らかになっていきました。このように具体的な遺伝子や分子の働きから生命現象を還元主義的に理解していこうという、生命科学に生じた大きな潮流がその名前にには込めらています。一方で、遺伝子さえわかれば何でもわかる、という還元主義万能の時代はすでに過ぎ、21世紀も四半世紀が過ぎた今は、多量のデータからシステム全体を考えるという総合の時代に入っています。しかしそうした総合の時代においても、ひとつひとつの遺伝子や分子の機能の理解が重要なことは、言うまでもありません。


 翻って冬眠という現象を考えるとき、総合どころか遺伝子や分子の理解すらまだ程遠い状態です。その様な状況において、まずは現象論からしっかりと理解しつつ、そのメカニズムに迫っていこう、というのが本領域が標榜する「冬眠生物学」です。さらに冬眠に関わる遺伝子・分子を同定しその理解を深めたい、というのが私の目指すところの分子冬眠学です。話を元に戻すと、冬眠生物学という名称が一つの専門分野として標榜されたことは、本領域以前には私の知る範囲ではありませんでした。そもそも冬眠といっても、哺乳類・鳥類の冬眠・休眠と、変温動物の冬眠・休眠は、根本的に異なると考えられる点が多いこと、そして何より「恒温動物の冬眠・休眠」現象は、生理学・神経科学・生化学・薬理学・生態学などの各専門分野の特殊な事例として、興味を持つ研究者が独立に行ってきた経緯があるため、ひとつの学問分野としてまとめて考える機会はあまりなかったことなどが考えられます。しかし21世紀に入ってからの特に分子生物学・情報生物学・分析化学など多様な分野での技術革新と学際的研究展開により、学問分野の境界を引くこと自体に意味はもはやなく、多種多様な手法を取り入れつつクエスチョンに迫る姿勢が必要となっています。なにより冬眠という現象は、恒温動物の恒常性維持機構がいかに拡張されうるのかを理解するうえでも、格好の良いモデルともいえます。最近、本領域の砂川さんのラボが「冬眠生物学」チームとなりましたし、本領域にもこの春からは公募研究班のメンバーが加わり、より多様な分野の先端解析手法やユニークな材料を有する方々が集うことになります。領域研究という利点を最大限に生かすためにも、領域内外で活発かつ建設的な交流を推進できるよう領域運営を行って行ければと意を新たにしています。どうぞよろしくお願いいたします。

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