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ブログリレー(6)  田中 和正

ブログ2024-07-03

冬眠研究がもたらすブレイクスルー
 

沖縄科学技術大学院大学・田中 和正

 

私たち研究者は世界の理を理解するために研究をしています。サッカーボールにも満たないほどの大きさの肉塊(脳)をもってして、この世のすべてを手中に収めんとする愚かしくも壮大な行為です。このような壮大な野望に対して、人類は科学というアプローチを発明しました。科学とは、アイデア・仮説・理論・モデルを道しるべに、実験や検証を通して、理解の領土を広げ、深めていく行為とその手続きです。 


本領域の過去のブログで、宮道先生はSydney Brennerによる一節を紹介し、無思慮な大規模データ蒐集に偏りがちな近年の傾向を指摘されています。その通りだと私も思います。新しい技術の発展に身を任せて、「理解」の定義を修正することで、脳を理解せんとする目的の本質から目を背けてしまっている傾向が強くなってきていると感じています。 


優れた研究・面白い研究とは、その研究によって私たちの理解の領土が大幅に広がり、そして深まるような、そんな研究です。一つの研究が、私たち人類の世界に対する説明の自由度を大幅に下げる、そんな研究を面白いと感じ、高く評価します。将棋やチェスなどのボードゲームに例えるならば、その一手をもって盤上を支配するような、そんな一手です。どんな一手も等価値なわけはなく、また手数を増やせば良いというものでもないのです。これまでの展開を深く理解し、今後の展開に思いを巡らせることで、予想される数限りない一手それぞれの意味を考え抜く、ここに私たち研究者は一番頭を使い、ここの巧拙が研究の質につながるのだと思います。この思考プロセスを結実させたものこそが、アイデア・仮説・理論・モデルと言ってよいのではないでしょうか。 


しかしながら、脳への理解が深まれば深まるほど、私たち研究者はその複雑さから目を背けられなくなってきました。動かせる駒がたくさんある一方で、その展開の複雑さから一手一手の意味を評価することが難しくなってきたのです。このような停滞した状況の突破口となるのは、大規模にデータを集めることではなく、今までの展開に再考を促すような新しい道しるべだと思います。 


前置きが長くなりましたが、私は冬眠研究が脳研究にとってのそんな突破口につながるのではないかと期待しています。なぜならば、冬眠に伴う生物学的な現象の多くが、これまでの理解では説明がつかないような矛盾を伴うからです。このブログを書いている2024年7月現在、まだ何も論文として発表していないので詳細は省きますが、冬眠中に脳内で起こっている変化は今までの記憶メカニズムの理解という枠組みでは、説明のつかないことばかりです。冬眠脳の研究が、全く新しい切り口から今までの研究を捉えなおすきっかけとなり、より包括的な脳の理解へとつながるのではないか、そのような予感を胸に榎木先生の表現された「お祭り前夜」を楽しんでいます。

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